学術出版の嘉粋堂
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Xスケープ・デザイン 上・中・下
本論は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科へ提出した学位論文を、大幅に加筆し、修正したものである。

書名:Xスケープ・デザイン 上
著者:明土 真也
サイズ:A4 × 15 mm
ページ数:218(本文)
発売日:2025/7/15
価格:¥5,500(税込み)
送料:¥210
ISBN:978–4–911368–00–8
在庫:7部
音は、記号であり、様々な事物を指示し(指し示し)、種々の事象を誘引する。このような性質を「音の記号性」と呼ぶ。例えば、さえずりは、聴取者に対し、音源である鶯や春という時間などを指示し、美しいと感じる心理や声の方向に足を運ぶという活動などを誘引する。サウンドスケープとは、このような「音の記号性が作用する“場”」である。同様に「香の記号性が作用する“場”」はスメルスケープであり、「Xの記号性が作用する“場”」をXスケープと呼べる。本論の目的は、Xスケープ・デザインの理論的基盤の構築と実用の提唱である。これらを踏まえ、本論は、上巻(デザインや芸術の価値を高める)・中巻(音高の記号性と音高信仰)・下巻(雅楽や梵鐘に現われる音高信仰)、この3巻で構成し、本章では、本論の背景・目的・構成を示して、既往研究の整理と課題を共有する。
第I部 多面的な記号性と多様なデザインの対象と多層的なデザイン活動
第I部では、記号性を明らかにし、「Xの記号性が作用する“場”」である、Xスケープのデザイン、つまり、Xスケープ・デザインの理論的基盤を確立する。森羅万象は指示機能や誘引機能を備える記号Xであるため、Xスケープ・デザインはあらゆるデザインの分野に適用できる手法である。本論ではXを音とするサウンドスケープを代表例として説明するが、読者各自の分野で活用して頂き、それぞれのデザインや芸術の価値を高めて頂けたら幸甚である。
Xスケープ・デザインについて簡潔に述べると、次のようになる。まず、Xとは、指示機能と誘引機能を備える「外界記号」であり、五感や五官に対応する「光」「音」「香」「味」「触(触刺激)」など、森羅万象が該当し得る。Xスケープとは、「Xの記号性が作用する“場”」であり、Xスケープ・デザインとは「Xスケープ“場”のデザインである。ただし、これと交わりを持つ“場”もデザインの対象とする。」また、Xスケープ・デザインは、Xに備わる多面的な記号性がそれぞれ最適に作用するよう、多様な対象をデザインするというマトリクス的なデザインでもある。さらに、デザインという言葉は、調査・研究・造形・教育・宣伝・広報などの総称とも言え、多層的な活動を意味するため、各段階を通じてのXスケープ・デザインは3次元的な活動とも言える。そして、この多彩な活動を通し、外界記号Xの価値が最大限に高まることを意図して「Xの記号性が作用した結果」の総体的な最適化を図ることが、Xスケープ・デザインの要諦である。
第2章 記号性とその分類
本章では、指示機能や誘引機能といった「記号性」を明らかにし、音全体を記号性ごとに分類した後、この分類された音を定義する。また、これらを遂行すると同時に、「明らかに未完成の状態で放置している」「難解でしかも首尾一貫していないところが多くある」と評されるパースの記号論を、わかりやすく整理し、種々のデザインや芸術などに活用できるように仕立てる。そして、「記号性」という観点から、サウンドスケープを「音の記号性が作用する“場”」と定義する。また、音以外の記号についても同様に確認する。
第3章 記号性という観点からのXスケープ・デザイン
本章では、サウンドスケープの構成要素を明らかにして、サウンドスケープ・デザインをデザインの対象という観点から再定義し、その原理・対象・手法を明らかにする。また、本論でのサウンドスケープの定義である「音の記号性が作用する“場”」は、従来の定義に対し、定義自体が明瞭簡潔であるのみならず、構成要素が明確になり、実情にも合い、自己矛盾なく「五官の統合的な環境認識」を行える、これらを明らかにする。つまり、本章により、サウンドスケープ研究は、「環境全体を対象とする広い研究の中に組み込まれていかねばならない」とシェーファーが述べた、最終局面に導かれる。そして、サウンドスケープ・デザインの概念を五官や五感に対応する音(聴覚記号)以外の光(視覚記号)・香(嗅覚記号)・味(味覚記号)・触(触覚記号)などの記号Xにも拡張可能なことを示す。また、活動としてのデザインが「記号性の準備」であること、所産としてのデザインは「記号」であること、芸術を「芸術的価値のあるデザイン」と位置付けられること、これらを明らかにする。さらに、デザイン及び芸術の価値を高めるためのテンプレートにもなり得る、Xスケープ・デザイン・チェックシートの活用を提唱する。
第4章 報知音に対するサウンドスケープ・デザイン
本章では、第3章で述べたサウンドスケープ・デザインの手法を報知音に適用することを試みる。これにより、サウンドスケープ・デザインは、記号である報知音だけではなく、空間及び場所・聴取者・種々の触媒をデザインの対象にすることを定型とするため、あらゆる対象に対する網羅的なデザインの遂行を意図しやすくなることを示す。特に、触媒もデザインの対象であるという観点より、意味の触媒である文脈をデザインするという着想を得られることを明示し、種々の文脈に応じたサウンドスケープ・デザインを提言する。
第5章 作品に対するサウンドスケープ・デザイン
本章では、第3章で述べたサウンドスケープ・デザインの手法を作品の制作に適用した、小子による作品群を検証し、作品制作におけるシステム・デザインの手法の適用を提唱する。

書名:Xスケープ・デザイン 中
著者:明土 真也
サイズ:A4 × 20 mm
ページ数:298(本文)
発売日:2025/7/15
価格:¥6,600(税込み)
送料:¥210
ISBN:978–4–911368–01–5
在庫:6部
第II部 音高の記号性と音高信仰
第II部(中・下巻)では、「音の記号性」の下位概念に位置付けられる「音高の記号性」、これに基づく「音高信仰」、これらを明らかにし、上古から江戸期・清代にかけての日本や中国のサウンドスケープ・デザインの神髄を読み解く。
「音高の記号性」とは、音高に備わる指示機能と備わると信じられた等の誘引機能のことであり、音の記号性の下位概念に位置付けられる。上古から江戸期・清代にかけての日本や中国において、人々は、陰陽・五行・十干・十二支により、事物を分類してその性質を理解しようとした。その対象は音階にも及び、五声には五行と十干、十二律には陰陽と十二支、それぞれが配当された。その結果、各音高にそれぞれの意味が付与され、正確な音高には世の中を理想化する「理想化の力」が宿ると信じられた。これにより、音高は、正確なら有益音、不正確なら有害音、このような価値を指示する(指し示す)こととなり、正確な音高の実現のために時間と労力をかけて雅楽器や梵鐘を開発・製造するなどの活動を誘引した。これらを人間(記号性受容体)の立場での活動として捉えると「音高信仰」とも言うべき呼称で概括できる。「音高の記号性」とは、このような、意味と価値の指示機能、「音高信仰」などの心理や活動及びこれらに付随する生理の誘引機能、これらの総称でもある。この「音高の記号性」の実態を識ることで、忘れ去られた歴史が明らかになり、保存、復古、啓蒙、観光資産としての活用、このような新たなデザイン活動を提唱できる。
第6章 甲骨占卜・陰陽・五行・十干・十二支と音高の記号性
本章では、「音高の記号性」に関し、中国の楽鍾と梵鐘の変遷を整理して日本の梵鐘との関係を考察し、甲骨占卜・陰陽・五行・十干・十二支における「意味」の指示機能、音高による「理想化の力」という誘引機能、日本における甲骨占卜・陰陽・五行・十干・十二支・「音高の記号性」の受容と展開、これらを整理する。そして、雅楽とは正確な音高により世の中を理想化することを目的とした音楽であることを指摘する。これらに付随し、次のことも遂行する。まず、執鍾は白川静(1910–2006)が指摘した「口」(サイ)であることを明らかにする。白川(2004, 296)は、「口」という文字について、甲骨文や金文では、耳口の口と見るべき文字はほとんどなく、祝祷(神への祈りの書)や載書(神を勧請して誓いを立てる盟誓の書)を納める器であり、古・右・可・召・名・各・客・吾・吉・舍・吿・害・史・兄・祝・啓・品・區・臨・嚴などは全て「口」(サイ)を含む形だと述べる(白川 2004, 296)。本章では、執鍾(サイ)が口(こう)と呼ばれ、それに施される饕餮文などが創造神話を象ることも明らかにする。また、梵鐘の起源は梁(502–557)にあることも明らかにする。さらに、十二律の音律導出法である三分損益法は、前521年から前505年頃までの期間に鄭(前806–前375)に伝来したピュタゴラス音律を中国化した机上の理論であることも明証する。
第7章 十二律の最確値と日本の律尺
本章では、1884年にアレクサンダー・ジョン・エリス(1814–1890)が測定した「雅楽平調」「俗楽平調子」「日本音楽十二律」と称される三つの音叉列の周波数を精査することで、日本雅楽十二律・日本俗楽十二律・日本音楽十二律の最確値を明確化し、神仙の音高を古律黄鍾に適用することで、古律の十二律の最確値を導出する。これにより、梵鐘の律などを精度よく判定できる。また、日本の律尺が、殷(前1600頃–前1046)で用いられた、曲尺であることも明証する。

書名:Xスケープ・デザイン 下
著者:明土 真也
サイズ:A4 × 25 mm
ページ数:372(本文+索引)
発売日:2025/7/15
価格:¥7,700(税込み)
送料:¥480
ISBN:978–4–911368–02–2
在庫:5部
第8章 楽における音高信仰
雅楽は正確な音高(音の高さ)により世の中を理想化することを目的とした楽であると考えられ、このことは典籍や遺物(楽器など)から読み取れる。雅楽で用いる雅楽尺八は、法隆寺と正倉院に伝来したが、その出自は未解明であった。本章では、遺物の律尺や音律、雅楽尺八に関わる典籍、これらを精査することにより、雅楽尺八が新たに提唱された八十四調理論の実用化のために開発された隋・唐の楽器であることを指摘し、隋・唐・日本の雅楽及び俗楽における「音高の記号性」への意識を明らかにする。これらに付随し、次のことも遂行する。一例として、尺八の起源は3世紀から4世紀あたりの亀茲にあってこれが五孔一節尺八の祖型であることを明らかにする。また、日本雅楽の十二律は、唐六調子(日本で整理された唐楽の六調子)で用いられる九律の音高と日本古来の神楽笛で吹奏できる三律の音高を統合して創られたことも明証する。その他、いくつかの事柄を明らかにする。
第9章 梵鐘に現われる音高信仰
本章では、梵鐘の法量や律、仏教に関する典籍、これらを精査することで、梵鐘を仏尊に見立て、梵鐘の律を衆生済度の力を備える仏尊の声(こえ)と捉える、このような思想があったことを明らかにする。具体的には、十二律のそれぞれに諸仏の律―例えば、阿弥陀如来の音は平調(ほぼE)など―を配当し、古律黄鍾には「諸行無常・是生滅法・生滅滅已・寂滅為楽」という意味も付与した。つまり、「黄鐘調の鐘」とは、日本音名黄鐘(おうしき。ほぼA)ではなく、古律黄鍾(こうしょう。ほぼC)の鐘であり、「無常の調子」とは、無常観が伝わる音ではなく、衆生を済度する力を備える仏の声である。また、これらに付随して、高麗尺が実在することも明証する。
本章では、第I部(上巻)と第II部(中・下巻)を踏まえた総合考察を遂行し、11の提言を行う。
嘉粋堂が提供する新知見(例)
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以下は、『Xスケープ・デザイン』上・中・下巻において、記号論・サウンドスケープ・デザイン学・美学・音楽学・甲骨文・金文・青銅器・梵鐘・計量史・日本古代史・雅楽・俗楽・尺八の各分野において、のべ750を超える文献と数100の遺物を照合して導出した120以上の新知見であり、通説の誤認を正すものも少なくない。
記号論(『Xスケープ・デザイン 上』)
- 難解で未完成と評される、パースの記号論をわかりやすく整理した。
- 指示機能:その事物が別の事物を指示する(指し示す)機能。
- 誘引機能:その事物が別の事象を誘引する機能。
- 記号性:指示機能と誘引機能の少なくとも一方。
- 記号:指示機能と誘引機能が潜在する事物。
- 記号性受容体:記号性を受容する存在。
- 記号性は記号性受容体が受容することで顕在化する。
- 森羅万象は記号である。よって、記号について学ぶことは有益である。
サウンドスケープ(『Xスケープ・デザイン 上』)
- 従来の定義(サウンドスケープ、サウンドスケープ・デザインなど)の矛盾や曖昧さを解消した。
- サウンドスケープ:音の記号性が作用する“場”。例えば、鶯のさえずりは、「音源」である鶯、鶯が鳴いたという「意味」、春という「季節」、これらを「指示」し、美しいという「心理」、姿を見ようとする「活動」、それに伴う「生理」、これらを「誘引」する。このように、サウンドスケープにおいては、種々の記号性が多面的に作用する。
- Xスケープ:Xの記号性が作用する“場”。Xにはあらゆる事物が該当する。
- サウンド・エデュケーションに関し、多面的な記号性を理解させることを目的としたサウンド・エデュケーション・ワークシートの活用を提唱する。
デザイン学・美学・音楽学
- 従来の定義(デザイン、芸術、音楽など)の矛盾や曖昧さを解消した(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- 活動としてのデザイン:記号性の準備(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- 所産としてのデザイン:記号(指示機能と誘引機能が潜在する事物)(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- X・デザイン:Xが名詞の場合、「Xに対するデザイン」であることは周知のとおり。これは、Xに記号性を潜在させること(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- Xスケープ・デザイン:Xの記号性を作用させるために、Xだけでなく、Xの記号性に影響を与える全ての事物をデザインの対象とする。よって、X・デザインはXスケープ・デザインの一部である(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- Xスケープ・デザインの対象を明らかにした(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- 芸術:芸術的価値(鑑賞的価値、望ましくは真善美の記号性)のあるデザイン(記号)。つまり、芸術はデザイン(指示機能と誘引機能が潜在する事物)である。例えば、茶碗・箱・扇子・屏風などがこれを例証する。従来、「芸術美」を「美的価値」のみに生み出された人工物に見出される美とする説が信奉されたが、例えば、音楽は音楽療法やマスキングのためのBGMとして用いられ、その価値は「美的価値」のみではない(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- 記号性という観点から、「音楽」を再定義し、音楽の本質的価値がノンバーバル(非言語)メッセージにあることを明証した。「音楽は国境を超える」との言はこれに基づく。また、同じく「芸術音」である落語や朗読との違いも明確化し、それぞれの定義に反映した(『Xスケープ・デザイン 上』)。
- 音律・標準音・音階の定義を見直し、音律と音階を再定義した(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- デザインや芸術に備わる記号性を多面的に高めることで、当該事物の価値が高まる。これを実現するためのテンプレートがXスケープ・デザイン・チェックシート(Xを「音」として例示する)である(『Xスケープ・デザイン 上』)。
甲骨文・金文(『Xスケープ・デザイン 中』)
- 口:白川静(1910–2006)が提唱したサイ(甲骨文の「口」は耳口の口ではない)は執鍾(鐃)である。執鍾は天帝、その音は天帝の声、このように捉えられた。字形は、上面を開孔した台に柄(甬)を挿入して安置した状態において、台を省略した形。
- 舌:執鍾(口)の上方に舌を吊るし、風により舌が揺れて執鍾(口)を叩くことによって発現する天帝の「音なひ(神からの応答)」を待つ祭祀。
- 叩:執鍾(口)の前に跪坐し、〔風に揺れた舌によって〕執鍾(口)から発せられる天帝の「音なひ(神からの応答)」を待つ様子。例えば、占いの事柄を述べ、執鍾(口)から音が発せられたら天帝による肯定、執鍾(口)から音が発せられなければ天帝による否定、このように捉えたと考えられる。
- 聴:執鍾(口)から発せられる天帝の「音なひ(神からの応答)」を聴く様子。
- 中:執鍾(口)に筒(あるいは中実の棒)を挿入した形。風が吹くことで筒から発せられる音を天帝の「音なひ(神からの応答)」と捉えた、このような可能性のある祭祀。
- 史:円柱状の筒(あるいは中実の棒)を挿入した執鍾(口)を手に持って行う、天帝の下で祖先神を祀る内祭。
- 事・使:Y字形の筒(あるいは中実の棒)を挿入した執鍾(口)を手に持って行う、天帝の下で自然神を祀る外祭。
- 敝:自身の魂の象徴である布をぼろぼろにして破る様。これにより、自身の魂を清める。後に、こうして破った布に「幣」の字を付与した。日本では、帛や紙を定型的に切ることで幣(しで)を作り、玉串などに用いた。
- 求:松の小枝に、清らかな状態にした自身の魂の象徴である幣(しで)を結び付けた後に、磬を鼓つことで祖先神を勧請し、この小枝に祖先神が宿ることで祖先神の魂と自身の魂を結び付ける依り代であり、これを天帝に捧げることで祖先神と自身の恭順を示す象徴。神道の玉串に相当する。
- 奏:求を「両手」で捧げ持つ形。
- 告:天帝に見立てた執鍾(口)に求を挿入して、祝祷や載書を奏上して天帝に祈る祭祀。
- 品:〔3口編成の〕編執鍾。
- 鳴:天帝に見立てた執鍾(口)の近くに鳥を留まらせ、その鳴き声を通して天帝の神意を理解しようとする様子。『甲骨文字辞典』は、「口」を「くち」と捉え、「鳥が口で鳴くこと」とするが、「口」は執鍾である。
- 䧹:祠所で神鳥として飼われる鷹が鳴く様子。鷹の鳴き声を神の応答(應・膺)と捉えた。
- 「令」「命」における「亼」には「組織の中で統括する」という引伸義、「倫」「綸」「輪」「論」における「亼」には「システムとして統括する」という引伸義、それぞれが備わるなど、「亼」には「統括」という引伸義がある。
- 龢(和):各要素が最適化され、理想的なシステムが構築された状態。
- 前538年の魯においての古における陰陽の概念:「侌」は「水蒸気を発するように見える氷を覆い閉ざすこと」、「昜」は「太陽が昇る様子」、「陰」と「陽」はこれらに係わる神を勧請する儀式である。後に、陰と陽という元素に対し、この二文字が適用された。
- 十干十二支の22字の字形と字義を再確認し、幾分かの新知見を提示した。
- 甲骨占卜は、神意を問うものではなく、よりよい未来を得るための占いに過ぎない。これに対し、天帝の声を聴く「甾」や「舌」のような祭祀(甾も舌も、執鍾からの「音なひ」を通して神意を問う祭祀)は絶対的に服従すべき託宣の神事であった。このような可能性を指摘できる。例えば、甲骨に刻まれる「甾王事」即ち「王事を甾せんか。」という一文は、王事(王朝として、外に赴いて山川の祭祀を行うこと)の是非を問うために甾を行うべきか否かを、卜占媒体である甲骨を用いて占ったことを示唆する
青銅器(『Xスケープ・デザイン 中』)
- 執鍾(鐃)の饕餮文は、創造神話と天帝の顔を表す。この創造神話は、秦漢の頃(前239頃–前122頃)に、『呂氏春秋』「仲夏紀」や『淮南子』「天文訓」で明文化された。
- 執鍾の本来の呼称は「口(こう)」であり、「鐃」という呼称は、執鍾の製造が終了した春秋時代(前770–前403)の後(北宋代(960–1127)に復古的に造られた事例はある)、戦国時代(前403–前221)に付与されたものである。
- 陵陽河遺址灰陶尊の陰刻も創造神話の一部を表す。
- その他、鎛や鈴にも創造神話の一部を表す創造神話文が施される個体がある。
- 執鍾は、白川静(1910–2006)が提唱したサイである。
- 執鍾は天帝、その音は天帝の声、このように捉えられた。
- 執鍾から甬鍾が生まれた経緯:① 殷代(前1600頃–前1046)に、創造神話文(太一文・両儀文)で飾る執鍾が造られた。② 殷代の中国南方(湖南省長沙市寧郷市・江西省吉安市泰和県)において、大型の執鍾が造られ、基音の低下に伴って伸びる持続音を適度に減衰させることを意図して、鉦に3個×3個×4区画(計36個)の枚や乳が設けられた。③ 西周早期(前1046–前977)の中国南方(湖南省長沙市寧郷市)において、36個の枚や乳を備える枚執鍾及び乳執鍾を上下逆さにして使用するために、甬に施を加えて上から吊るせるようにして、通高0.435 mの甬鍾が開発された。④ 甬鍾は、その後、西周早期に、北上して河南省平頂山市に伝わり、通高0.417~0.258 mの3口編成の編甬鍾が造られた。⑤ 甬鍾は、西周早期に、さらに西進して現在の陝西省宝鶏市に伝わり、通高0.340~0.203 mの甬鍾や編甬鍾及び施を備える執鍾である宝鶏竹園溝13号墓鐃が造られた。⑥ 東周代(前770–前256)に、施を幹で飾る甬鍾が出現した。
梵鐘
- 梵鐘は、梁(502–557)において、507年以降の507年に近い時期に、衆生済度のために音を伸ばす(鐘の音が聞こえる間は苦しみが無くなる)ことを目的として、横断面を楽鍾(鎛)の杏仁形から円形に変更して開発された。この際、楽鍾(雅楽で用いる鍾)に備わる乳(突起)も継受された(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 日本の梵鐘は梁の梵鐘が〔おそらく百済を経由して〕伝わったものであり、中国においては、507年から575年までの間に、乳を廃した梵鐘が開発された。乳を廃した理由も〔実際の効果はともかく〕音を伸ばすことを意図したものである(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 中国では、仏教の中国化がなされ、執鍾(口)は天帝でその音は天帝の声と捉えた思想に基づき、梵鐘は仏尊、その音は仏尊の声、このように認識され、梵鐘の音は衆生を済度する仏尊の声に相応しい音高(音の高さ)に定められた。梵鐘の音を音階に合わせることも楽鍾の設計思想に基づくものである。そして、この思想は日本にも伝来した(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 梵鐘を対象とする仏尊(対象仏。多くの場合、対象仏は寺の本尊である)に見立てることを表出する手法:①口径や口厚の寸法を縁数(対象仏を意味する数。阿弥陀如来は15、観世音菩薩は18、大日如来は28など)とする。例えば、対象仏が観世音菩薩の場合、口径を一尺八寸、口厚を一寸八分とする。②〔種字や浮彫によって〕対象仏自身を鐘身に表す。③対象仏を取り囲む別の仏尊を鐘身に表す(例えば、対象仏が金剛界大日如来である場合、池の間各区に金剛界四仏の種字を一尊ずつ表す。このように、金剛界四仏に取り囲まれる対象は金剛界大日如来であり、梵鐘を金剛界大日如来に見立てたと理解できる)(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 「無常の調子」とは、「諸行無常」を意味する音高(音の高さ)のことであり、無常感が伝わる音高ではなく、「衆生済度の力」が備わると信じられた音高である。この思想は、日本雅楽が制定される平安期よりも前、遅くとも飛鳥期には伝来し、「黄鐘調の鐘」と言われる「黄鐘」とは日本雅楽の「黄鐘(おうしき。ほぼラ)」ではなく、中国音名「黄鍾(こうしょう。ほぼド)」である。なお、日本では、平安期に日本雅楽が制定されるよりも前は、中国の音階をそのまま用いた。このように、人々は、梵鐘の音を仏尊による衆生済度の声と信じ、正確な音高になるように調定した。実例として、例えば、『徒然草』第二百二十段には黄鍾調になるように何度も鋳造し直した旨が記される(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 元和八(1622)年に著わされた『宗左流尺八手数并唱歌目録』などの一節切の教則本では、平調(ほぼミ)に阿弥陀如来など、五声(音階を構成する五つの音高)に諸仏を配当する(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 一例として、阿弥陀如来の浄土は西方極楽浄土であるように、諸仏と方位には対応関係がある。〔中国や日本の根本思想であった〕五行思想において、西を意味する音高は平調(ほぼミ)であり、対象仏を阿弥陀如来とする梵鐘の音高を平調に調定することを一つの標準とし、このようなデザインは諸仏に対して行われた。例えば、阿弥陀如来を本尊とする知恩院の大梵鐘の律は阿弥陀如来に配当される〔西を意味する〕平調であり、盧舎那仏を本尊とする東大寺の大梵鐘の律は盧舎那仏(大日如来)に配当される〔大日如来を意味する〕林鍾(ほぼソ)である。五行思想が迷信視されない江戸期までは、このようなデザインが種々の仏尊に対して行われ、梵鐘の音が仏尊の声であると捉える思想を表出した。浄土真宗本願寺派などにおいて現在も『仏説阿弥陀経』を平調の音から誦唱することは、平調を阿弥陀如来の声と捉えたことの継受と考えられる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 鐘身に大日如来の種字を表すことなく四仏(金剛界四仏や胎蔵界四仏)の種字を網羅して表す四仏鐘は、四仏に囲まれる大日如来に見立てた大日如来鐘であり、このことは0.38(52口中20口)の確率で口径や口厚に大日如来の縁数28が用いられていることからも指摘できる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 五仏(金剛界五仏や胎蔵界五仏)の種字が円周方向に約72°ごとに表される、均等五仏鐘は梵鐘自体を大日如来ではなく五仏全てに見立てた梵鐘であり、このことは、口径及び口厚の少なくとも一方が大日如来の縁数28となっている均等五仏鐘は皆無であることが裏付ける『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 各寺院の本尊と梵鐘の律(音名)を確認した結果、例えば、真言宗では、薬師如来を一尊で祀る場合、梵鐘の律は東を意味する音名(勝絶・古律夾鍾)である傾向があり、薬師如来を東方浄瑠璃浄土の教主と捉えたと考えられる。薬師三尊形式で祀る場合、梵鐘の律は中央を意味する音名(壱越・古律黄鍾など)である傾向があり、薬師如来を中央(密厳浄土)の仏である大日如来と同体と位置付けたと考えられる。なお、遅くとも平安後期には諸仏の本体は大日如来であるという思想が浸透しており、真言密教の作法を集成した『覺禪鈔』の「藥師法」にも大日如来・薬師如来・釈迦如来は同体である旨が記される(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 飛鳥期の梵鐘の律の標準は古律黄鍾(ほぼド)である(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 新薬師寺(奈良市高畑町1352)の〔730年頃鋳造の〕梵鐘は、もと新元興寺(奈良市中院町11)の梵鐘で、建久八(1197)年に本元興寺(飛鳥寺)が火災に遭った際、焼け残った本元興寺の梵鐘は新元興寺に移設され、もともとの新元興寺の梵鐘が新薬師寺に運ばれてきた、このように判断できる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 中国の梵鐘の律の標準は、大まかには古律黄鍾(ほぼド)であり、1438~1530年の明では明銅尺律黄鍾(ほぼレ)であった(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 「声明の里」と呼ばれる京都大原では声明に基づくランドスケープ・デザインがなされたことを指摘できる。①京都大原を流れる呂川・律川という呼称は声明に由来する。②東側に建つ来迎院の門前には呂川が流れ、梵鐘の律は、呂曲の角(東を意味する)に相当する下無(ほぼファ♯)であり、本尊である薬師如来の浄土がある東を意味する。③西側に建つ勝林院の門前には律川が流れ、梵鐘の律は、律曲の商(西を意味する)に相当する平調(ほぼミ)であり、本尊である阿弥陀如来の浄土がある西を意味する。④両院の梵鐘を鳴らすことで、京都大原では、西側から阿弥陀如来による救いの声(平調の音)、東側から薬師如来による救いの声(下無の音)、それぞれが聞こえることになる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
計量史
- 周古尺の尺度は198.96 mm、夏尺の尺度は242.45 mmである(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 百済の律尺は魏杜虁尺(尺度:241.56 mm)である(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 殷(前1600頃–前1046)の成湯(天乙)(?–前1646)が用いた曲尺(尺度:303.03 mm)(『舜水朱氏談綺』)は、前473年以降に呉(前585頃–前473)王家(姫氏)によって日本に持ち込まれた蓋然性が低くなく、遅くとも756年までには受容され、日本の律尺となった(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 朱載堉(1536–1611)による「商尺は後魏後尺に相当する」との言は誤認である(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 高麗尺が実在したことを例証する遺物とその寸法を示す文字情報の組み合わせが3例(仏像・梵鐘・半鐘)存在する。つまり、高麗尺は実用された(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 『大宝令』と『養老令』、つまり、令の尺制は同じで、大宝小尺の一尺二寸が大宝大尺、大宝大尺の一尺二寸が高麗尺、このような関係になり、この比は、唐における、唐小尺、唐大尺、山東尺、この3尺の関係と一致する(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 大阪の曲尺職人の伝承における「唐尺」とは、本来、「漢尺」であり、「漢尺」が唐代以降にカラで音通する「唐尺」に変容したと考えられる。この「漢尺」は晋前尺(尺度:230.72 mm)であり、陳(557–589)の番匠によって将来された、このように考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
日本古代史
- 瓊瓊杵尊は呉(前585頃–前473)の王族の系譜に繋がる人物であり、思兼神はその伯父である、このように考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 司馬達等と司馬達止は別人であり、祖父と孫の関係にある、このように考えることが妥当である(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 『隅田八幡神社人物画像鏡』の銘文における「癸未年八月日十大王年」については「癸未年八月日、十大王年」と区切るべきであり、「十大王年」とは、斯麻(武寧王)の父である東城王(?–501)が十大王から最後の裁きを受ける「十大王の年」(三回忌の年。503年)である。つまり、『隅田八幡神社人物画像鏡』の献納は武寧王(462–523)による東城王の追善供養でもあり、この銘文は「男弟王」に銅鏡を献上することが父の追善供養になると考えるほど「斯麻」が「男弟王」を神格化していることの表明でもある(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 十干十二支については、『隅田八幡神社人物画像鏡』の銘より、遅くとも503年までに受容されたと判断できる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 易・陰陽・五行・五声・十二律、これらの概念は、百済(4世紀前半–660)からの五経博士の貢上を通じて、遅くとも513年には伝来したと判断する(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 冠位十二階の順位は、600年の遣隋使派遣の段階では「徳仁義礼智信」であったが、この際に『五行大義』を教示されことで「徳仁礼信義智」に修正された、このように考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 遅くとも740年に諸仏を十二支に配当するという概念が伝わり、これは今日の守り本尊であると考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 平安期、特に10世紀から11世紀中葉に展開し、それ以前から受容してきた外来文化を日本的に融合した文化と評される、国風文化の始まりは、仮名文学の始まりと位置付けられる『古今和歌集』(905年)よりも25年以上も前に制定された、日本雅楽であり、基準の音高を定めるための律尺を日本古来の尺である曲尺(尺度:303.03 mm)とし、「唐楽」で用いる九律と「神楽」で用いる三律を融合して日本雅楽の音階(十二律)を創った。雅楽は「正確な音高で奏することで世の中を理想化するための楽」であり、為政者にとって雅楽の国風化は最重要事項であったと考えられる。このように、国風文化とは、中国を強大な国家と認識しつつも、日本を対等の立場に位置付けて 、日本文化と中国文化を融合して作り上げたものであり、まず日本の律尺を明確にし、それに基づいて「国風雅楽」を定めた後に、様々な分野で国風化を推進した、このような文化と総括できる。なお、中国を強大な国家と認識しつつも日本を対等の立場に位置付けた前駆としては、大業三(607)年に日本の王(聖徳太子)から隋帝に宛てた国書における一文「日出處天子致書日没處天子」即ち「日出ずる處の天子、書を日没する處の天子に致す」を指摘できる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
雅楽及び俗楽
- 音高の記号性:古代中国では、正確な音高には世の中を理想化する「理想化の力」、不正確な音高には世の中を紊乱化する「紊乱化の力」、これらが備わると信じられた。例えば、『國語』「周語」では、景王(在位:前545–前520)の失政及び死を彼が造らせた鍾の音高の不正確さに起因させる。古代中国には、天(自然)と人(人事)に対応関係があるとする天人相関説があり、天子は天の命を受けて絶対的権力を賦与される一方、天は天子の政治を監視し、災害異変などに現れる失政の責任は全面的に天子に帰せられる、このような思想があった。『國語』「周語」のこの記事は、天人相関説と「音高の記号性」という概念を反映したものでもある。また、『管子』「五行篇」にも「精密に、五声の音階を定めて、〔雅楽器の調律の基準でもある〕十二律鍾の音高を調定することで、人の感情をあるべき状態にする。人の感情と万物が極上の状態となった 後に、人や物にそれぞれ備わる本来の性質が確立される。」ことが記される。これら以外にも「音高の記号性」について述べた記事は遺り、遅くとも前520年頃には十二律の各音にはそれぞれの「理想化の力」が備わることが信じられた。また、各音高には意味の指示機能もあり、各音高は五方(東・南・西・北・中央)や五季(春・夏・秋・冬・四季全体)などを意味する。この「音高の記号性」の概念は天平七(735)年までには確実に日本に伝来した(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 西周晩期から春秋晩期にかけて(前877頃–前403)、鍾の銘文に「龢鐘」即ち「龢(各要素が最適化され、理想的なシステムが構築された状態)の鐘」という異称が刻まれることは、この時期に音高の正確な鍾に「理想化の力」が備わると信じられたことを裏付ける(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 雅楽は、このような「音高の記号性」という概念に基づき、正確な音高の楽を奏することで世の中を理想化することを目的に奏される音楽であった(『Xスケープ・デザイン 中』『Xスケープ・デザイン 下』)。このように、現代人の常識では古代人の思想を理解できず、複数の史料を多角的かつ丹念に読み解くことで、史実が明らかになる。
- 「律呂」の初義:律の呂(銅塊)であり、律の管である「律管」と同様の構造である。つまり、元来、「律呂」には「律—呂」という対立の関係はなかった(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 宮・角・羽からなる三音音階は、殷代(前1600頃–前1046)から少なくとも前521年までは一つの標準であった(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 五声は、聞喜上郭210号墓編紐鍾の測定値から西周晩期(前877頃–前771)にはあった蓋然性が高い(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 声名については、甲骨文の記述から殷後期(前1300頃–前1046)に商と羽があったことを指摘でき、周代(前1046–前256)に至り、この二声の位置に、それぞれ太蔟と南呂という律名を付与したと考えられる。また、商は盟誓の際に用いられた鈴(庚)の音、羽は銅鼓の音、それぞれを起源とする声名と考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 角の位置の声名は、本来、「彔」であったと考えられる。「彔」は木を錐で刻む際のロクロクという音であり、角(彔)が五行の木に配当されることもこれに基づくと考えられる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 徴という声名は、本来、「微」であったと考えられる。上古音における「火」の韻がまさに微[mǐwəi陰平]であることは、微が五行の火に配当されたことを示唆し、後に「微」の声名が「徴」に変わり、徴が五行の火に配当されるようになった、このように理解できる(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 「五声」の語と概念の初出は、『春秋左氏傳』昭公二十五年条であり、前517年の魯(前1055–前256)において認められる。五声の声名の全てが初出するのは、前433年に副葬された曾侯乙編鍾の銘である(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 十二律の概念の初出は『國語』「周語」の景王二十三か二十四(前521か前520)年の景王問鍾律於伶州鳩条である。現在の十二律名が全て揃うのは『國語』「周語」が編集された戦国時代の初め(前403年)頃であり、十二律の全てに律名が付与されたのは、景王二十四(前520)年よりも前で前520年に比較的近い時期を第一の候補とすべきである(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 十二律の字義に関し、黄鍾は「青銅製の黄色い鍾」、大呂は「六呂の中では最大の鍾」、夾鍾は「大呂と仲呂に挟まれる鍾」、仲呂は「十二律の6番目と六呂の3番目に相当する中央の鍾」、南呂は「南(銅鼓)の音高あるいは南にちなんだ音高」、林鍾は「〔陰の〕君の鍾」、應鍾は「鷹の鳴き声の甲高さに基づく鍾」、このように考えられる。
- 十二律や五声の字義については、『淮南子』巻三「天文訓」や『漢書』巻二十一上「律暦志上」など、甲骨文を研究できなかった時代の漢籍の字説を信用すべきではない(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 周(前1046–前256)の音律は、三分損益律(ピュタゴラス音律)ではなく、聴覚に頼る十二平均律であった。その導出法は、まず、1オクターブを三等分し、次いで、それぞれを二等分し、さらにそれぞれを二等分することで、十二律を生成するものである(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 三分損益法は前521年から前505年頃までの期間に鄭(前806–前375)に伝来したピュタゴラス音律を中国化した机上の理論であり、中国における三分損益律(ピュタゴラス音律)の濫觴は鄭にある。ピュタゴラス音律の導入により、五声を導出する手順が、十二律の全てを導出した後に五声を定めた旧来の手順から、五声のみを導出する手順に替わり、効率化が図られた(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 「鄭声」とは三分損益律のことであり、鄭がピュタゴラス音律を受容した時期(前521年から前505年頃までの期間)と同時代の人物である、魯(前1055–前256)の孔子(前552または前551–前479)が「鄭声」を酷評した理由は、周(前1046–前256)で用いる伝統的な音律である十二平均律を遵守しないことに基づく(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 三分損益律が中国全土の標準となったのは、秦が中国を統一した始皇二十六(前221)年頃である(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 清楽の音階:律尺を周古尺(尺度:193.96 mm)、音律を三分損益律とする音階。黄鍾はほぼA(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- もともとの亀茲楽の音階:律尺を〔インドの尺である〕vitasti(尺度は187.7~194.0 mmの範囲で187.7 mmに近い値)とし、音律を亀茲楽律(三分損益律ではなく、正確なところは不明)とする。黄鍾はAよりも半律以下程度高い(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 西涼楽の音階:もともとの亀茲楽の音階に対し、律尺を周古尺に修正した音階。黄鍾はほぼA(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 秦漢楽の音階:清楽の音階と西涼楽の音階を北魏(386–534)で融合した音階。黄鍾はほぼA。北斉(550–577)はこれを雅楽の音階として「正声」と呼んだ(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 隋の音階:秦漢楽の音階であるが、律尺を宋氏尺(尺度:254.79 mm)とするために、黄鍾を秦漢楽の音階の夷則(ほぼF)の位置に定めた。この音階を「隋正声」と命名する(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 隋では、俗楽においても〔隋正声に準ずる〕正確な音高を追求しており、少なくとも亀茲楽の音階を修正したと考えられる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 「哀音」とは、音高が不正確で「紊乱化の力」が備わると考えられた音高であり、声(階名で呼ぶに相応しい音高)ではないと認識され、「哀音」という呼称を付与された、このように理解できる(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 日本雅楽十二律と日本俗楽十二律の最確値(理論値)を明らかにした(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 明銅尺律の最確値(理論値)を明らかにした(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 1884年にアレクサンダー・ジョン・エリス(1814–1890)が測定した音叉列における「日本音楽十二律」とは、雅楽と俗楽を統合した音階であり、翌1885年に開催されたロンドン発明品博覧会への出展を目的として製作された。よって、この十二律は伝統的なものではない(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 昭和期に民間雅楽団体の一つである日本雅楽会が制定した雅楽の十二律(昭和雅楽十二律)は、音律に「日本音楽十二律」を適用したものであり、伝統に即したものではない(『Xスケープ・デザイン 中』)。また、昭和雅楽十二律が黄鐘(ほぼA)の周波数とする430Hzも伝統に即したものではない。つまり、現在、民間雅楽団体で信奉される昭和雅楽十二律は、音高も音律も伝統に即しておらず、昭和期に変貌したものである。これに対し、宮内庁楽部は黄鐘(ほぼA)の周波数を437Hzとしており、これは平安期からの伝統に即したものとして位置付けられる。このように、現在の日本の雅楽における音階は、伝統を堅持する宮内庁楽部の音階と伝統を軽視する民間雅楽の音階が対立する状況にあり、官民の合同演奏時などに弊害が発生している。また、「音高の記号性」という観点からは、宮内庁楽部の楽は「理想化の力」、民間雅楽の楽は「紊乱化の力」、それぞれが備わることになる(『Xスケープ・デザイン 中』『Xスケープ・デザイン 下』)。実際に、民間雅楽の楽に「紊乱化の力」が備わるとは思わないが、黄鐘(ほぼA)の周波数を官民の雅楽で統一することに意義はあろう
- 日本雅楽十二律の制定手順:①律尺を日本古来の尺である曲尺とした。②既に受容されていた唐六調子の構成音である九律(黄鍾・大呂・太簇・姑洗・蕤賓・林鍾・夷則・南呂・応鍾)の音高を土台とした。③唐六調子の構成音にはない残りの三律(勝絶・鸞鏡・断金)を神楽笛で吹奏できる音高に定めた。④①に基づき、標準音を古律太簇(ほぼレ)とした。⑤五声の律名については、唐六調子から五調子(壱越調・平調・雙調・黄鐘調・盤渉調)を選択し、それぞれの調首の音高にその調名を付与した。⑥残りの七律(断金・勝絶・下無・鳧鐘・鸞鏡・神仙・上無に対しては、何らかの理由で律名を付与した(『Xスケープ・デザイン 中』)。
- 天平勝宝四(752)年の大仏開眼供養会で奉納された「唐散樂」「唐中樂」「唐古樂」「唐女儛」は全て唐の俗楽で、「唐散樂」は注目を集めやすい曲芸を伴う散楽、「唐中樂」「唐古樂」は雅楽尺八の太蔟管と姑洗管でそれぞれ吹き分ける天宝十四調、「唐女儛」は舞人が加わる華やかな燕楽、このように理解でき、唐の俗楽を一通り奉納するという、至極、会得の行く順序で演じられた(『Xスケープ・デザイン 下』)。
- 『徒然草』第百九十九段に記される「唐土は呂の國也、律の音なし、和國は單律の國にて、呂の音なし」における「律の音」「呂の音」とはピュタゴラス・コンマ(23.5セント)の違いのある音高のことであり、唐楽及び神楽でそれぞれ用いられる律のことである(『Xスケープ・デザイン 下』)。
尺八(『Xスケープ・デザイン 下』)
- 尺八の起源は、3世紀から4世紀あたりの亀茲(新疆ウイグル自治区アクス地区クチャ市あたりにあったオアシス国家)にあり、これが五孔一節尺八(尺八とも一節切とも呼ばれる)の祖型である。
- 六孔三節尺八(雅楽尺八)は、隋代(581–618)に提唱された八十四調理論を実用化するための楽器である。
- 法隆寺に伝来した隋型尺八(雅楽尺八)は、一管で八十四調(十二均×七調)の全てを奏することを意図して開発されたが、半開で奏する音高が不正確という欠点があった。これにより、〔正確な音高の楽を奏することで世の中を理想化する〕雅楽としての機能を果たせず、八十四調理論の実用化は未完成に終わった。なお、隋型尺八が意図した音階は〔律尺を宋氏尺、音律を正声とする〕隋正声である。また、「隋型尺八は八十四調理論を提唱した鄭訳と正声の継受を主張した万宝常の共同発明により創られた」と位置付けるべきことになる。
- 正倉院に伝来する唐型尺八(雅楽尺八)は、一管で一均七調をそれぞれ奏する十二管で八十四調(十二均×七調)を奏する楽器であり、半開を用いないことで音高の不正確さを解消した。これにより、〔正確な音高の楽を奏することで世の中を理想化する〕雅楽としての機能を実現した。なお、唐型尺八が意図した音階は〔律尺を宋氏尺、音律を三分損益律とする〕唐正律である。また、発明者は呂才である。
- 俗楽二十八調は、十二管あった唐型尺八(雅楽尺八)を三管(黄鍾管・太蔟管・姑洗管)に集約し、半開を用いることで二十八調を奏する楽である。これは、俗楽二十八調が、雅楽とは違い、饗宴音楽であるため、半開使用時の音高の不正確さを許容したものと考えられる。
- 『舊唐書』にある「長笛」「中管」「短笛」はそれぞれ雅楽尺八の黄鍾管・太蔟管・姑洗管に相当する。また、「短笛,脩尺有咫。」とある管長一尺八寸の短笛の尺は周古尺(尺度:193.96 mm)である。
- 俗楽二十八調の概念は、これを奏するための楽器である義慈王四管とともに653年に百済から伝来した。義慈王四管は唐型尺八の系譜に位置付けられるが、律尺を魏杜虁尺(尺度:241.56 mm)とする百済化がなされ、音高も不正確である。正倉院尺八の多くはこの百済型尺八である。
- 天宝十四調は、俗楽二十八調で用いる尺八三管をさらに二管(太蔟管・姑洗管)に集約した調で奏する俗楽である。